円高のお陰で洋酒が安く手に入るようになったのはありがたい。
あの「オールドパー」が、いまややまやで3,000円を切っている。この機会に、スコッチを総なめにしないといけない。
昨日飲んだ「BOWMORE」も旨かったが、これもなかなかイケる。
後ろに写っている一枚板は、最近とんとご無沙汰していたヤフオクで先週末に入手したもの。「ローテーブル」「一枚板」「酒膳」「座卓」「欅」「栃」「杉」・・・と、3,000点以上の画像を閲覧してやっと見つけたものだ。5,000円で落札できた。
実は、これは本来座卓などとは程遠い用途に使われていたもので、正体は杉材の大型の「花台」を裏返しにしたもの。表面は凹凸が多くて使用できる面積が少ないが、載せるものが少なければ十分使える。
次は、器に拘らざるを得なくなってきた。
今朝の京都新聞。
一体どんな
少ない情報で状況を勝手に想像すると、
トイレを借りに来た軍人数人は
そんなところではないだろうか。
≪追記:2011.10.19≫
調べてみたら、日本にもこんな凄い事件があった。
ウマオイ。
秋も深まってきた。
以前、バッタの佃煮を食べたい食べたいと思っていたところへ、イナゴの佃煮が届いたことがあった。下さったのは僕が全く知らない人で、人から頂いたものだけど來田さんのご主人ならお好きかもと言って、妻に託けてくれたのだった。人生思いがけないことがあるものだ。
イナゴは虫扁に「皇」(すめらぎ)と書き非常に美味。かつては昭和天皇も信州産のイナゴの佃煮を好んで召し上がった。というわけで、ウマオイの美しい透き通るような緑色を眼にして食欲が湧いてきたところで、アマゾンで佃煮を注文することにする。
http://ecx.images-amazon.com/images/I/51Fn3B8O00L._AA160_.jpg
http://rocketnews24.com/2011/10/06/137284/
上のサイトで紹介されているオランダの18歳、ライヤシーナさんの作品とその技法についての感想。
10月11日にFacebookの友達のウォールに書いたものを再録します。
「輪郭線のトレースという第一段階の作業と資料写真が出て来ず、作業中の手元の映像とBGMしか無いので何とも評価し難いですが、作品を見る限り第一段階の作業はあると思います。仮にトレース(大抵7Hの鉛筆を使うのであの映像では見えない)無しに資料写真だけで、画歴2年の人がああいう描き方であれを描いたとしたら、常人ではないと思います。」
たしかにデッサン力は素晴らしい。
『ウォーホル日記』にこんな一節がある。
1984年10月9日 火曜日のこと。
1984年10月9日 火曜日のこと。
アンディ・ウォーホルは、友人のジョン・レノン&オノ・ヨーコ宅を訪れ、彼が大好きな息子のショーンの部屋へ行った。
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ショーンのベッドルームに入ってみたらーそこには若者が一人いて、アップル・コンピューターをセットしているところだった。ショーンが誕生日にマッキントッシュ・モデルをもらったんだ。ぼくのところにも、マッキントッシュをくれるという電話がかかってきたけどこちらから電話しなかったんだというようなことを話したら、その若者が顔を上げて、「ああそれはぼくですよ。ぼく、スティーヴ・ジョブスです」というんだ。すごく若く見える。まるで大学生みたいだ。そして、今からでも一台送りますよという。それから、コンピューターで絵を描く方法を教えてくれた、いまはまだモノクロだけど、すぐに色が使えるようになるという。キース(ヘリング)とケニー(シャーフ)がそこにあるのを使ってみた。キースは前にTシャツをつくるときに一度コンピューターを使ったことがあるが、ケニーははじめてだった。
目の前にいるこの若い天才がこういう機械を発明するのに一役買っているのかと思うと、自分がすっかり老け込んだ気がしたね。
(中原祐介・野中邦子訳:文春文庫)
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四半世紀前の天才同士の出会いのひとコマ。
それにしても第一線の画家、音楽家といったその分野の頂点に立つカリスマ達に、タダで“マックを贈る”という発想!彼は若い頃から、優れた発明家であるのと同じくらいに、優れた戦略家だった。
人は皆志半ばにして逝く。一人の人間としては、もう十分すぎるほどの足跡を遺したけど、本人はまだまだ生きたかっただろう。歴史は多くの場合、革新的なテクノロジーの出現によって動く。彼が人並みにあと20年生きていれば、未来は、彼が居ない世界とはだいぶ変わっていたはずだ。
