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このリヤカーに生活必需品を満載して世界各地を歩き、北極まで行った佐々木規雄さんと初めて対面。北極圏でヒグマに出会って目が合い祈るしかなかった事や、出発前に植村直己夫人公子さんに会って貴重なサイン入り著書を頂き家宝にしている事、その他山盛り、褐色に日焼けした笑顔の好青年から30分みっちり冒険談を伺う。
壬生は佐々木さんの郷里。




(右に写っている僕はズボンの前が開いていたのでカット!)












昨日は福井にある「金津創作の森」で始まった、久里洋二さんの作品展とオープニングイベントのトークショーを観に行った。

郊外にある創作の森はあまり交通の便が良くないにも関わらず、館長の土田ヒロミさんとのトークショーの会場は百名分ほぼ満席で、90年の齢を重ねた久里洋二さんの飾らない語り口と怖いもの無しの老人力に、会場は何度も笑いに包まれた。

戦闘機を作る軍事工場に動員されていた17歳の夏に終戦を迎え、玉音放送の意味が勝ったのか負けたのかが分からず、放送の後で兵隊が「いよいよ本土決戦が始まるから心せよ!」と檄を飛ばし、いよいよかと思った翌朝、兵隊が飛行場から1人もいなくなっていたという話。
から始まり、
一念発起して福井の実家を飛び出し東京へ。絵筆で生計を立てるには当時絵描きは全国に50,000人もいてとても食えそうにない、それに比べて漫画家はたった7人だったのでこれになろうと第一線の横山泰三に師事したら、7人は自分が知ってる人だけで、実は300人もいた。
なんとか始めた仕事は、共同通信の4コマ漫画。一本千円でこれもなかなか食えなかったという話。

久里洋二さんのトークショーは連続2日間の予定で、初日のテーマは彼を一躍有名にした「11PM」のアニメが話題の中心だったのだが、久里さんは当時の仕事が気に入らないらしく、あのシリーズですっかり自分はエロ漫画家になってしまった、恥ずかしい、もうやめようよ、なんて言うので打ち合わせ通りに進行したい聞き手兼進行役の土田さんは少々困り顔。

途中で「小便に行きたい」と雛壇を下りられて帰って来たら、皇居はトイレが無いから5時間もかかる勲章の授与式(2011年の3度目受賞)は辞退した、オムツして行く人もいるらしいけど自分は嫌、かといってお漏らしすると周りに迷惑かけるし。と、

そして最後に、これからも作りたい作品はたくさんあるが、最近は自分が描いたはずの絵を忘れている、怖いね、と急に真面目な顔。でも、そんなことを隠しもせず格好つけずに言える久里洋二さんの人間力に共感せずにいられなかった。

そんなこんな楽しいお話を1時間半、最前列でお聞きし笑わせて頂きました。^ ^
そのあとは創作の森全館を使った膨大な作品を鑑賞。本展示会は写真をお撮り頂けますと書かれた会場の張り紙は時代の流れを感じさせた。

帰りに、販売コーナーで可愛い猫を描いた久里洋二さんの原画(その絵柄はグッズにも使われていて一番目を引いた作品!)を購入させて頂いたら、思いがけなく、係りの方が1階控え室でご休憩中の久里さんとのサイン・記念写真撮影を手配して下さって感謝。

久里洋二さんどうかいつまでもお元気でいてください!


https://sosaku.jp/event/2018/art-document/













普段、美術館に足を運ぶことなど先ずなくモナリザの現物も知らない、よく見かける京都国立博物館の行列を見ても「また並んどる」と冷笑しながら通り過ぎるだけの僕だが、これは見たいと思って昨日舞鶴まで車を走らせた。

中国の魯迅美術学院で教鞭をとる王希奇氏が、1946年葫蘆島港から帰還する105万人の残留日本人をテーマに、3年半かけて描いた3m×20mの大作。
何よりそこに描かれる一人一人と胸中対話を続けながらの制作だったというから、これは並の精神力ではもたない。

以前中国ポスター展の審査員を、同国から招かれてなさった秋山孝さんからお聞きした話だが、芸術は社会主義国が断然レベルが上だという。その理由は、「彼等は芸術を消費しない」。確かにこういう作品は、何でもかんでも消費することで成り立っている資本主義の国では、先ず商売にならない維持に金がかかるという理由で、制作すらされることが無い。例え熱情的な画家がライフワークとして挑んだとしても、作品の前で餓死して粗大ゴミと化すのが落ちだ。

舞鶴引揚記念館の1室を3壁使い展示されたこの大作は、正にこの記念館のコンセプトに相応しい作品。是非とも原寸大の複製画を永久展示させて欲しいと思う。






「王希奇展 −1946−」
舞鶴引揚記念館で12月2日まで展示。
https://m-hikiage-museum.jp/






数年前、九州の温泉へ行く前日に交差点で真横から当てられたが、ドライブレコーダーのお陰で、95:5の過失割合で補償がまとまった車体のキズ。
録画が無ければ7:3だったかも知れない。事実関係で争うほど時間の無駄はない。ドライブレコーダーは運転者の必需品だと思う。




これプラスラーメン‼️




朝湯に浸り、朝ごはん頂いて、さて秋晴れの中出発します(^ ^)






奥飛騨温泉郷。
槍穂高から流れ来る蒲田川の清流沿いに、野趣豊かな硫黄温泉が点在する。
中でも深山荘は最奥に位置するが、川沿いの県道475号線は、通年営業している新穂高ロープウェイのお陰で、冬場も除雪作業が行われていて安心なので、次は是非雪見露天湯を愉しみたい!
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