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「終わりよければ全てよし」とか「死ぬ日は生まれる日にまさる」という諺や聖書の言葉があるが、爺婆になって死ぬ日が近づいてくるほどこの言葉を肝に据えて計画的に生きなければいけないと思う。

過ぎたことを反省するのもいいが、反省は子供や青少年に任せておき(実際歳をとったら後悔はしても反省はなかなかできない)、我々年寄りはただひたすらその日に備え、日々を生きるのがよろしい。そう考えると、怒るのがいちばんよくないことだと思えてくる。

ピンピンコロリで逝くのがいちばんだが、人間誰でも死んだら肛門が開いて大小便垂れ流しの状態で白目をむくので、その瞬間はお世辞にも美しいとは言えない。そこで僕が理想とする死に方は、徘徊して河原の野天湯に逢着し、そこでスッポンポンになって湯に入り、空を見ながら心不全で逝き、そのまま鳥獣川魚に食われて白骨化してバラバラになって、やがて大水によって海に流される、いわゆる「自然死」「野垂れ死に」というやつだ。

棺桶に入るのは嫌だ、あれは狭すぎる。まして釘を打たれて重油で焼かれるなど、思っただけで鳥肌が立つし、第一エコじゃない。それなら犬に食わせたっていいはずだ。
棺桶は嫌だ。あれは恐ろしい、、、




この写真気に入ってる。
こんな風に死にたい。
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