『ウォーホル日記』にこんな一節がある。
1984年10月9日 火曜日のこと。
1984年10月9日 火曜日のこと。
アンディ・ウォーホルは、友人のジョン・レノン&オノ・ヨーコ宅を訪れ、彼が大好きな息子のショーンの部屋へ行った。
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ショーンのベッドルームに入ってみたらーそこには若者が一人いて、アップル・コンピューターをセットしているところだった。ショーンが誕生日にマッキントッシュ・モデルをもらったんだ。ぼくのところにも、マッキントッシュをくれるという電話がかかってきたけどこちらから電話しなかったんだというようなことを話したら、その若者が顔を上げて、「ああそれはぼくですよ。ぼく、スティーヴ・ジョブスです」というんだ。すごく若く見える。まるで大学生みたいだ。そして、今からでも一台送りますよという。それから、コンピューターで絵を描く方法を教えてくれた、いまはまだモノクロだけど、すぐに色が使えるようになるという。キース(ヘリング)とケニー(シャーフ)がそこにあるのを使ってみた。キースは前にTシャツをつくるときに一度コンピューターを使ったことがあるが、ケニーははじめてだった。
目の前にいるこの若い天才がこういう機械を発明するのに一役買っているのかと思うと、自分がすっかり老け込んだ気がしたね。
(中原祐介・野中邦子訳:文春文庫)
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四半世紀前の天才同士の出会いのひとコマ。
それにしても第一線の画家、音楽家といったその分野の頂点に立つカリスマ達に、タダで“マックを贈る”という発想!彼は若い頃から、優れた発明家であるのと同じくらいに、優れた戦略家だった。
人は皆志半ばにして逝く。一人の人間としては、もう十分すぎるほどの足跡を遺したけど、本人はまだまだ生きたかっただろう。歴史は多くの場合、革新的なテクノロジーの出現によって動く。彼が人並みにあと20年生きていれば、未来は、彼が居ない世界とはだいぶ変わっていたはずだ。
昨日、浜名湖で鰻を食べ、天気がいいのでそのまま渥美半島の東岸を南下して伊良湖岬まで行った。
最近日が短くなってきた。暗い道300km近く走って帰ったって何も面白くないし、居眠りしてもつまらんのでその辺で泊まることにし、綺麗なホテルがあったので、向かいにある空き地に車を停め、例によってアイパッドでHPを探して電話で予約。http://www.irago.net/html/enjoy.html
宿が決まると気分もリラックス。早速、西の空を眺めながら湯に浸り、サウナに入った。
サウナには近所の農家の常連さんが一日の労働を終えて入りに来ていた。
キャベツを専門に作っていて、今の時期、一日2,500玉出荷しているそうだ。渥美半島は全国有数のキャベツの産地だそうで、そういえば、上の写真もそうだけど畑はどこもキャベツばかりだった。
でも、農家は後継者が育たず、それが心配悩みの種。サラリーマンになって街に出た息子が帰ってきて農業を継ぐことはほとんどない。いずれ近いうちに日本の農業は崩壊して、「中国産が9割」ってことにになる、と言っていた。
そうだろうなあ・・・。
それにしてもこの国の売国勢力の長期計画は、日本の農業を崩壊に導き、いずれ、「やむを得ない」という理由で、日本の農地を、アメリカの大規模機械化農業資本に売り渡すつもりだろうか。
そんなことを考えながら風呂から上がって夕食はバイキング。
海の近くだけあって海鮮ものは良かったが、どうもトレーがいまいちだった。本醸造の冷酒300ml2本呑んで早めに引き揚げ、10時頃就寝。
しかし、オヤジの一人泊は、朝食はともかく夕食はやっぱり部屋食の方がいい。こんな場所で一人で食っていても、浴衣の裾まで気なって全然楽しくない。八重山みたいなマニアックな僻地なら老若男女と問わず一人客が多く、皆それなりにコミュニケーション出来る環境が整っているが、内地だめだ。 まだビジネスホテルに素泊まりして、近くの居酒屋に行くのがいい。
今日の帰り道も秋らしい好天に恵まれて気持ちが良かった。
