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11月10日なのに山頂に雪がない。。。





先ほど仕事場に荻野丹雪さんがお見えになって、最近ロゴを手がけられたサントリーの『六 ROKU GIN』を頂いてしまった^ ^
美味しそうだが、47度ある。
ショットグラスごとフリーザーで冷やしてトロトロにして呑むか、氷山盛りのロックでライムを挟むか、、、炭酸飲料割りは勿体無いなあ、、、




アートバンクを立ち上げたのが1988年7月1日。
知らぬ間に30周年を迎えていました。
支えてくださいました様々な分野の方々に、感謝申し上げます。


ところで僕のHP「www.koroda.com」に、アートバンク設立当時の話がありますので、一部ご紹介します。(http://www.koroda.com/episode03.htmlから)


「そんな春の夜、ひとりでデザイン誌を見ていて、ふとある広告に目がとまった。その広告は、様々な種類の桜を、イラストで一面にあしらったものだった。
「これだ!」と思って僕は立ち上がった。
写真のライブラリーは沢山ある。でもイラストレーションのライブラリーはない!(※3)
その翌日から、心当たりのデザイン会社に対しアンケート調査を開始した。
需要はあった。手ごたえは十分だった。

イラストの注文制作は、まず作家を探し交渉することから始まり、打ち合わせし、何度も描き直し、クライアントのOKを得てやっと納品できる。途中で気に入らないからとキャンセルになることもある。その度に皆が時間と精神コストを浪費していたわけだ。
たしかに特殊なテーマのものは注文制作でないと対応できないだろう。だけど実際に印刷物に使用されているイラストレーションを見ると、半分以上がストックでも代用可能だと推察できた。

イラストレーションのストックとその著作権の貸し出し業務は、クライアントと作家の双方にまたがるこれらの問題を一気に解決するシステムだった。
イラストレーターにとっても、時間があるときにストック用のものを描きためておき、後々それが収入に結びつく。
話は決まった。あとはやるだけだ。これはビッグビジネスになるだろう。商圏も京都だけでなく全国だ。組織もこれまでのような個人商店ではなく法人成りが必要だ。「有限」でなく「株式」にしよう。しかし、金がない。

そこで日経新聞社に連絡し、取材を受けて新規事業のビジネスプランを語り、その翌日の日経新聞全国版に四段抜きで載った記事を銀行に見せて、1,000万円の融資を受け、法人「株式会社アートバンク」を設立した。




日経新聞の反響は大きかった。
掲載されたその日から、何人ものイラストレーターの方々から電話を頂いた。
開業の準備を進めていくうちに、いろんなことがわかってきた。
まずイラストレーターの多くは業界で、その存在の基盤をなす著作権すら十分に守られていないことがわかった。
原画は返してくれない。印刷見本はもらえない。他人の仕事の真似を要求される。違った用途に使われても追加料金が出ない。何年使われても「スポンサーが気に入ってるから」の一言で片付けられる。クレジットも入れてくれない。文句を言えば仕事を干される。・・・
その昔、僕もイラストレーターを目指していた時期があった。こんな不条理は絶対に許されるべきではない。
「やり甲斐のある仕事だ」と、僕はワクワクした。
これからイラストレーターは、その有名無名を問わず、作品の著作物としての価値に応じたPeyを得るのだ。 」
以前うちの会社にいて今も時々手伝ってくれているモエちゃん一家の近況です。
クラウドファンディング始めました。
ご支援ご協力のほど、よろしくお願い申し上げます^ ^

http://junkoroda.blog.shinobi.jp/Entry/669/



クラウドファンディングの詳細頁はこちらです↓
https://camp-fire.jp/projects/view/37158




今年も宝島社編集部から頂きました出来立ての『上撰 美麗年賀状』。
もうすっかり定番商品になった感あり。

2000年に『日本デザイン書道名鑑』を出版して、筆文字ロゴ等の受注サイト『筆文字なび』が生まれ、その注文第1号だったのが、この年賀状素材集の丸ごと企画制作。
その後数年して、アートバンクのグラフフィックデザイン業務を終了するのに合わせて、JDCA(日本デザイン書道作家協会)のメンバーが中心となって、より発展的に引き継げるよう、当時理事長職にあった(株)アドシアターの久木田さんに業務を移管した。

この編集作業は結構手間のかかる仕事で、〆切前には全スタッフがかかりきりになる。このため他の業務への皺寄せが年々問題になり、それが、グラフィックのサービスをやめるきっかけにもなった。
以後10年近くなるだろうか、この美麗年賀状が届く度に久木田さんらのご苦労を思いつつ、手を離すことができた安堵感が蘇ってくる。
お疲れ様です!








第2回「筆文字で伝えたいことば大賞」のご案内です。

昨年の第1回大賞では、初めての企画にも関わらず全国から1,000を超える作品の応募があり、西日本の審査会場だった京都でも、朝から晩まで大仕事でした。
僕はこの日の審査には直接参加していませんでしたが、会場の手配や作品の搬入などで関わらせていただき、その晩、お馴染みのスーパードライ京都で、久木田宏延さんはじめ荻野丹雪さん園家文苑さん若尾敬子さんらとの打上げ、審査員の皆さんの心に沁みた作品やぶっ飛んでる面白作品の話を聞きながら盛り上がり、とても楽しかったです。
この企画、回を重ねるごとに認知度も高まり、ビッグなイベントになっていくことを願っています。

「アートバンク賞」もあります(*^^*)

http://www.j-d-c-a.com/information/word_award02/




ご紹介がちょっと遅くなりましたが、9月30日応募締め切りです。
まだ間に合います。
アートバンクも毎年協賛してます。

http://design.kyoto/award_2017/











これは、来年5月完成予定です。
延べ床面積、偶然88,88平方メートルになりました。縁起の良い超末広がりです。




わたせせいぞうさんが1974年第13回小学館ビッグコミック賞を受賞した時のデビュー作。
この方は将来きっと大物になると思って、大事に取ってあったもの。ラストのページの詩に勝手にメロディーをつけてよく歌った。
彼の作品はその後「ハートカクテル」まで注目されなかったが、初期のこの作品『新漫画昆虫記』こそ彼の真骨頂だと思う。












43年前のビッグコミック増刊号。
アートバンクの倉庫には、こういう処分出来ない物が山ほどある。(^^;;





先日ヤフオクにアートバンクの法人著作イラストが使用された『連合白書(2012)』が出品されているのを知って、早速購入した。

90年代の終わり頃、写真エージェンシー協会(JPAA)のパーティの二次会で、当時業界を代表する存在であったオリオンプレスのイラスト専門部門の代表が、「アートバンクさん!あの群衆のアイデアは良いですねえ!うちでもパクらせて頂きますよ。でも訴えないでくださいね〜^^;」と、悪びれず話してたことがある。この業界でパクリは日常茶飯事、あそこでこんなコンテンツがヒットしているという情報をキャッチしたら、判を捺したように他社でも類似品が作られていた。こういう風に正直に「パクらせてもらいますよ」なんてざっくばらんに話すのは珍しい例だ。

人の顔はパブリシティー権(いわゆる肖像権)の問題が絡むため、特に群衆などの写真は怖くて使えない。でも強い潜在ニーズは市場にあるわけで、この問題をクリアするためには、人形で作るのが一番だと思い、人形の群衆シリーズを90年代の中頃に始めた。この表紙のイラストは17〜8年前に、うちの工房で何ヶ月もかけて作ったもの。

人形の本体は、紙粘土の制作から筆による着色まで京都工繊大を出た女の子が毎日コツコツと作ってくれて、仕上がった人形を一体づつ角度を変えてスタジオでデジタル撮影し、それぞれパスをつける作業をした後に、撮影した角度ごとに分類してデータベースを作り、最後にMACの担当者が完成予想図に基づいて服の色を変えたり反転させたりしながら、遠景から順に重ねて行く。この方法でバリエーションも沢山作った。

まあこれだけの密度の作品を1から作ろうと思ったら大変な時間とお金がかかるが、それをする何十分の一の料金で借りられるところにこそ、写真エージェンシーの存在価値があるというもの。
「パクらせて頂きますよ」と言ってたところが出したカタログの群衆シリーズ、実はどんなのが出来るか楽しみにしていたのだが、出たのは手描きの人物イラストをいろいろ重ね合わせただけの群衆で、正直ガッカリした。アイデアも借り物なら作る物も粗悪品。一時は業界の指導的立場にいたオリオンプレス、カラーボックスも、慧眼進藤さんの率いるアマナイメージズに吸収されてしまった。

アイデアは著作権では保護されない。でもね、そのアイデアがいちばん大事なんですよ。
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