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今年も宝島社編集部から頂きました出来立ての『上撰 美麗年賀状』。
もうすっかり定番商品になった感あり。

2000年に『日本デザイン書道名鑑』を出版して、筆文字ロゴ等の受注サイト『筆文字なび』が生まれ、その注文第1号だったのが、この年賀状素材集の丸ごと企画制作。
その後数年して、アートバンクのグラフフィックデザイン業務を終了するのに合わせて、JDCA(日本デザイン書道作家協会)のメンバーが中心となって、より発展的に引き継げるよう、当時理事長職にあった(株)アドシアターの久木田さんに業務を移管した。

この編集作業は結構手間のかかる仕事で、〆切前には全スタッフがかかりきりになる。このため他の業務への皺寄せが年々問題になり、それが、グラフィックのサービスをやめるきっかけにもなった。
以後10年近くなるだろうか、この美麗年賀状が届く度に久木田さんらのご苦労を思いつつ、手を離すことができた安堵感が蘇ってくる。
お疲れ様です!








第2回「筆文字で伝えたいことば大賞」のご案内です。

昨年の第1回大賞では、初めての企画にも関わらず全国から1,000を超える作品の応募があり、西日本の審査会場だった京都でも、朝から晩まで大仕事でした。
僕はこの日の審査には直接参加していませんでしたが、会場の手配や作品の搬入などで関わらせていただき、その晩、お馴染みのスーパードライ京都で、久木田宏延さんはじめ荻野丹雪さん園家文苑さん若尾敬子さんらとの打上げ、審査員の皆さんの心に沁みた作品やぶっ飛んでる面白作品の話を聞きながら盛り上がり、とても楽しかったです。
この企画、回を重ねるごとに認知度も高まり、ビッグなイベントになっていくことを願っています。

「アートバンク賞」もあります(*^^*)

http://www.j-d-c-a.com/information/word_award02/




ご紹介がちょっと遅くなりましたが、9月30日応募締め切りです。
まだ間に合います。
アートバンクも毎年協賛してます。

http://design.kyoto/award_2017/











これは、来年5月完成予定です。
延べ床面積、偶然88,88平方メートルになりました。縁起の良い超末広がりです。




わたせせいぞうさんが1974年第13回小学館ビッグコミック賞を受賞した時のデビュー作。
この方は将来きっと大物になると思って、大事に取ってあったもの。ラストのページの詩に勝手にメロディーをつけてよく歌った。
彼の作品はその後「ハートカクテル」まで注目されなかったが、初期のこの作品『新漫画昆虫記』こそ彼の真骨頂だと思う。












43年前のビッグコミック増刊号。
アートバンクの倉庫には、こういう処分出来ない物が山ほどある。(^^;;





先日ヤフオクにアートバンクの法人著作イラストが使用された『連合白書(2012)』が出品されているのを知って、早速購入した。

90年代の終わり頃、写真エージェンシー協会(JPAA)のパーティの二次会で、当時業界を代表する存在であったオリオンプレスのイラスト専門部門の代表が、「アートバンクさん!あの群衆のアイデアは良いですねえ!うちでもパクらせて頂きますよ。でも訴えないでくださいね〜^^;」と、悪びれず話してたことがある。この業界でパクリは日常茶飯事、あそこでこんなコンテンツがヒットしているという情報をキャッチしたら、判を捺したように他社でも類似品が作られていた。こういう風に正直に「パクらせてもらいますよ」なんてざっくばらんに話すのは珍しい例だ。

人の顔はパブリシティー権(いわゆる肖像権)の問題が絡むため、特に群衆などの写真は怖くて使えない。でも強い潜在ニーズは市場にあるわけで、この問題をクリアするためには、人形で作るのが一番だと思い、人形の群衆シリーズを90年代の中頃に始めた。この表紙のイラストは17〜8年前に、うちの工房で何ヶ月もかけて作ったもの。

人形の本体は、紙粘土の制作から筆による着色まで京都工繊大を出た女の子が毎日コツコツと作ってくれて、仕上がった人形を一体づつ角度を変えてスタジオでデジタル撮影し、それぞれパスをつける作業をした後に、撮影した角度ごとに分類してデータベースを作り、最後にMACの担当者が完成予想図に基づいて服の色を変えたり反転させたりしながら、遠景から順に重ねて行く。この方法でバリエーションも沢山作った。

まあこれだけの密度の作品を1から作ろうと思ったら大変な時間とお金がかかるが、それをする何十分の一の料金で借りられるところにこそ、写真エージェンシーの存在価値があるというもの。
「パクらせて頂きますよ」と言ってたところが出したカタログの群衆シリーズ、実はどんなのが出来るか楽しみにしていたのだが、出たのは手描きの人物イラストをいろいろ重ね合わせただけの群衆で、正直ガッカリした。アイデアも借り物なら作る物も粗悪品。一時は業界の指導的立場にいたオリオンプレス、カラーボックスも、慧眼進藤さんの率いるアマナイメージズに吸収されてしまった。

アイデアは著作権では保護されない。でもね、そのアイデアがいちばん大事なんですよ。






【追記 20170526】
当日、NHK名古屋放送局で放送されたデザイン書道のワークショプ。






久木田さん頑張ってる。





20年前まで事務所に使っていた中京区のマンション富小路アーバンライフの部屋を今日売却した。
四条・河原町・御池・烏丸通りに囲まれた好立地で30坪の3LDK。京都中心部の物件が不足しているため築30年でも高値で売れた。
このマンションは本社が御池通に移転後、住み着いていた猫のために残してあったもので、その後スタジオ兼倉庫になり、ついこの間まで書類やなんやかんやで立錐の余地もない状態になっていた。
買主が決まって約1ヶ月半、特にこの2週間ほどは片付けに休日返上。捨てて良いもの悪いものの選別が大仕事。社内外のスタッフ十数人で1トン余り産廃として処分し、残りを本社と別の倉庫に移動したため、いま仕事場には段ボール箱が溢れかえっている。

しかし物が溢れていた時には気付かなかったけど、こうして空になった部屋を見ると、こんなに広かったのかと思う。
ここから色々なアイデアが生まれた。忘年会も毎年やって、イラストレーターの方々を中心に、多い年には70人も集まって、夜通し飲んだ。

感謝を込めて、さようなら!








1993年だったろうか、写真化学の衛星画像担当の方からお電話を頂いた。

解析した衛星画像をいろんなチャネルで販売・貸出ししたいので地元のアートバンクさんでも、ということでお声がかかった。
ただ、当社は写真エージェンシーであり、使用媒体や用途に応じて、その都度使用料を頂くビジネスモデル。すでに同社がロイヤリティーフリーで販売している画像と同じものを、高価な使用料とって貸し出すわけにはいかないので、画像の付加価値を高めるために、それを立体に出来ないだろうかと提案した。
国土地理院の標高データにマッピングするわけだ。それによって視点を自由に選ぶことができ、鳥瞰図などの注文制作も可能になってお互いにサービスの幅も広まる。光栄にも「スーパーランドスケープ」の名前は僕が付けさせてもらった。

当時写真化学で技術を担当していた尾崎弘之さん(現在株式会社VGL代表)は、非常に感性の良い方で先見の明もあり、「やってみましょうか」と上司を説得し取り組むことになったが、これがまた気が遠くなるような大変な作業だったようだ。こうしてなんとか形になるまで約2年。尾崎弘之さん本当にお疲れ様でした。

ところで、Google Earthが登場したのが2005年。
その10年も前に尾崎さんが紡ぎ出した美しい鳥瞰画像に、まだGoogle Earthは追いつけない。




(もういいけど、この記事房総半島の写真が逆さま)






http://www.eiseigazo.jp/contents/jisseki-o.html



おまけ、京都新聞記事。





今日も倉庫の片付け中。
いろいろ出てくる。この写真は学生時代、糸魚川から静岡まで3人で歩いた時のもの。赤石岳を超える途中で濃霧に巻かれてひと休み。
ふたりとも元気にしてるかなあ。。。




昔友人が紹介された新聞記事も出てきた。
僕の、熱くて濃い友人軍団の神田英さん。
今回の倉庫の片付けでも、スチール棚の解体に電動工具を抱えて駆けつけてくれた。
今もガイアの他に「アフリカ工務店」という芸術職人集団を主宰し、リフォームなどでいい仕事をしている。

http://myhomelandgaea.com/about.html








Google ストリートビューに写るクレタ島での神田さん夫妻。
顔をボカさんといてくれと、Googleに電話したけど拒否されたそうな。
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