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1986年の7月、当時僕が出していた情報誌の取材で、ライターの近藤雅雄さんと、うちの番頭米尾勉君の三人で、黒姫山のニコルさん宅を訪問した。


お話を色々お聞きするにあたり、まずは互いに打ち解けたいと思って取材前にあれこれ考えた末、彼がニッカウィスキーの広告に出ていたことから、酒を造って手土産とすることにした。
もちろんご禁制の品だが、その頃スーパードライの2リットル缶というのが出ていて、それにピオーネを一杯詰め、1週間ほど寝かせたものを持参した。
もう一缶自分たち用に作ったものを、番頭とデザイナーが僕の居ない間に開栓し、栓が吹き飛んで白い天井を紫色に染めていたため、そのことを言ってその場では開けなかったが、ニコルさんはすごく喜んでくれた。
そして、「実は、僕も作ってる。でもこれ書いちゃだめよ。」といって、郷里のウェールズでは誰でも自由に作っているという話をしながら階段を下りてゆき、蜂蜜で作った酒を味見させてくれた。

彼は4年前に居を据えたここの環境をとても気に入っており、
「近くにいい川がある」といって、僕を連れて出た。
川はすぐそばにあったが、絵にするには彼に川の中に入ってもらわないといけなかったので、それを躊躇って思案していると、「中に入るか?」と切り出してくれたので、お願いした。
自然体で絵になる人だ。








ニコルさんは取材が一通り済んだ後、「僕について書くんなら泊まっていけ」と言って、近くにある友人のペンションを紹介してくれた。
ペンションの名は「ふふはり亭」といい、宿に着いてから夕食を終えた食堂に、お気に入りのウィスキーのボトル(CMのスーパーニッカではなかった)を携えたニコルさんが入ってきて、

「どう?泊まってよかっただろう⁉」
と僕に言った。

たまたまその夜は、ニコルさんが「ふふはり亭」のために設計した、乾式サウナの初窯があり、ニコルさんも宿泊客に交じってバスタオル一丁で入った。ニコルファンの積極的な若い女性客も中にいた。彼は既に有名人だったので、宿泊客の皆さんはごきげんだった。
ライターの近藤さんは所用のため残念ながら宿泊できず、サウナまで付き合って、宿泊は僕と番頭の二人だけだった。番頭は前夜運転でほとんど寝ていなかったので宿に着いて食後間もなく爆睡し、元気に残っていたのは僕だけ。

サウナのあとは、宿泊客も何人か交じり、亭主と女将さんと女性客で、ニコルさんを囲んで夜更けまで飲んだ。
この時の話は僕のHPでも少し触れているが、ニコルさんはそれまで北極圏に12回も足を踏み入れた探検家。世界を跨いだ楽しいお話をいっぱい聞かせていただいたのだが、僕はといえば龍大で探検部を作ったものの、とても彼の前で話題にできるようなネタはなく、ふとそこで昔肥溜めとボットン便所の汚わいが弾みで口に入った時のことを思い出し、「ところでニコルさん、ババ食ったことはあります?」と質問した。
「ババ?」
「ん、僕ありますよ」
彼のボキャブラリーの中にそういう単語は無かったが、「ピートだよピート」と隣に座っていた亭主の南さんが翻訳してくれたので、「ピ…」と彼は思わず眉をひそめて引いた。
その表情がなんとも面白かったので、笑ってしまい、結局なんでそうなったのか説明できずに終わってしまったのはちょっと心残りだ。



(スコッチのチェイサーにビールを飲むニコルさん。僕の今の飲み方はたぶんこの時に始まった)

宴があけたのはいつ頃だろう。
1時2時になっていたかもしれない。
南さんの四駆でニコルさんを自宅にお送りし、着いたとき、暗い後部座席からニコルさんの右手がヌ~っと出て来た。ババの話で嫌われてなかったことに安心し、握手して別れた。
そのあと、ニコルさんはなかなか家に入れてもらえずドアの外で困っていた。

僕とニコルさんとの一期一会。

まあ、人間だれしも歳を重ねると、死んだらみんな同じ所へ行くということがなんとなく分かってくるものだ。
ニコルさん!いつかまたお会いできる日まで!




《余談》
その年の暮れ、『スピリタス』というウォッカが入ったので、早速ニコルさんにお送りしたら、数日後自筆で丁寧な礼状が届いた。
そこには、この酒は以前北極で飲んだが、翌日まる一日ぶっ倒れていた、と書かれていた。
職場での忘年会で同じ酒を番頭に飲ませたら、しばらくして一階のトイレから帰ってきて、「血を吐いた」と青い顔をしていた。
彼には悪いことをした。あんな酒、売ったらあかん。



(アトリエでの執筆風景。当時はまだタイプライターが使われていた)
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