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昔僕の親父は、教員の給料より高かった中古の一眼レフを買い写真を始めた。一家三人は毎日粥をすすっていた。僕は腹が減ったら隣の朝鮮人李さん一家の食卓を訪問して、キムチご飯やトンソクを膝の上で食べさせてもらっていた。そういう生活の中で収入を可能な限り写真に注ぎ込み、家族の記録を残してくれた親父に、感謝している。

僕も中学生の修学旅行で初めて親父の二眼レフを使わせてもらい、高校2年になって紀伊半島を一人で歩いて縦断した時には、親父は僕のために中古のcannon demiを買ってくれた。家に帰りそれで撮ったスライドフィルムを壁に写し、僕の旅の冒険談を聞いている父と母の顔は見たことないほど楽しそうだった。

大学を出て毎朝中央卸売市場で働きながらミニコミ紙の出版に関わり始めた頃、中古のNikomat ELを親父がくれた。非常に使い易い良いカメラであり、43-86のズームレンズはポートレートを撮るにはぴったりだった。自分で出版を始めてからも、それでミス日本やミスユニバース・インターナショナルといった“日本一の美女たち”や、絵になる著名人無名人たちのポートレートを撮りまくって、親父を喜ばせた。

それから20年近い歳月が流れた。Nikomat ELは芸大に通い始めた二男の猛が気に入って使い始め、彼もまた知らぬ間に写真の世界にのめり込んでいった。そして今、そのカメラを、孫娘が使い始めている。

猛がこんな良い仕事をさせてもらい、もし親父が生きていたら涙を流して喜ぶことだろう。
いや案外ほんとうは、猛の守護霊とか憑依霊になって、一緒に写真を楽しんでいるのかもしれない。



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