Write | Admin 




https://www.asahi.com/articles/DA3S12651500.html


新聞の整理をしてたら出てきた記事だが、見出しに違和感を感じたので書こうと思う。

これまで個人に対する批判は極力は避けてきたが、天下の朝日が全国に蒔いた記事のヒーローとくれば、もはや市井の一個人とは見做せない。

彼福井健策氏は、うち(アートバンク)の契約作家の作品がパクられて、武富士のキャンペーン広告で使われた事件の裁判で、武富士と広告を作った電通側の代理人となって我々と争った三人の弁護士の内の一人で、あろうことか原告イラストの著作物性を否定し、被害者であるイラストレーターやエージェンシーのアートバンクのことをボロクソに準備書面に書いてきた張本人でもある。

彼は事あるごとによく「著作権問題に詳しい福井健策弁護士」などというフレーズで新聞記事などで取り上げられているが、それはそれで正しい評価だとは思う。僕も彼の著書は何冊も読んで共鳴するところも多く、勉強させてもらっている。


しかしねえ、この見出しはいかんよ。

著作権に詳しいなら、その知識経験を活かして、常に世のため人のため、正義の弱者の側に立って戦うべきだと思う。強者に挑んだのはむしろ僕らの方で、あんたは敵だった人。
金に目が眩んだとまでは言わないが、まあ義理もあり、それで引っ張られたのだと思うが、受任するしないはあくまで福井さんの自由意志のはず。悪いことした強い側に付いて弱い者いじめしちゃいけない。

裁判の結果は彼等にとって惨憺たるもので、当時の電通の社長か会長がカンカンになって怒り、失態を演じた"全関係者"へのボーナスも出なかったと聞いた。
それにあろうことか、"盗作"の賠償責任を、上から言われるままに制作した末端の小さな会社に「請負の基本契約」を盾に押し付けようとし、納得できないと思い余ったそこの社長から僕に相談の電話がかかってきて、今度は彼の立場に立って、彼にアドバイスをしたという、笑うに笑えない話もある。相談してきた社長はとても善良な人だったが、それに比べ、大手企業というのは、得てしてそういう非情で薄情で無責任なところがあるものだ。大企業の社員はとかく自己保身しか考えない。

話の枝のepisodeだが、東京地裁の一審判決が出て数日後、原告側代理人の堀口磊蔵先生(故人。当時当社の顧問弁護士)に電話し、被告側は控訴してくるかどうかについて、晩飯を賭けたことがある。 先生は「絶対控訴してくる」と言ったが、幾つかの断片情報から此方なりに相手方の動きに思いを巡らせ、またちょうどそのころ武富士の武井会長が盗聴問題で逮捕されたこともあり、電通はこれ以上この問題を長引かせず幕引きを図るだろうと思い、控訴して来ない方に賭けた。

大スポンサーでもある武富士・電通相手の裁判の結果を報じた新聞は日本経済新聞と熊本日日新聞だけだったが、その日のうちにネットニュースで津々浦々に流れ、コントロールの及ばないニューメディアの存在を電通は再認識した筈だ。

裁判の詳細はこちら。
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/721/010721_hanrei.pdf
ついでに
http://news.a902.net/a1/2003/1113-7.html
おまけ
http://www.artparadise.com/museum/7/23479.html


そして、控訴期限の2週間が経過し、判決が確定した日、「裁判に勝って勝負に負けた」と先生からメールが入り、新宿のエスニック料理の店で、うちの番頭と二人で美酒に酔いながら、いろんな知らない料理を腹いっぱいご馳走になった。

話を戻そう。
戻すと言いながら、またちっとばかり横道にそれるが、この記事にもあるように、福井健策さんが今もっとも力を入れている、著作権保護期間延長に絡む問題については、僕も全く同意見で死後50年でも長すぎる保護期間を、アメリカの顔色伺ってTPPのどさくさに紛れて70年に延長しようとする政治の動きには断固反対だ。

同じ知的財産権でも、実用新案の10年、特許の20年に比べて、著作権の保護期間は格段に長すぎる。しかも著作者の死後は遺産として「分割相続」されるために、時間の経過とともに権利者の特定が困難になり、NHKでさえ過去のアーカイブを作り公開するために関係者権利者探しに莫大な費用をかけながら、大半がクリアできずにいるくらいだ。また、「個人情報保護法」という名の「国民分断法」も、相続者を探す際の大きな障壁となっている。
故人の著作物は相続者が一人欠けても再利用が出来ず、これら著作権の相続者が不明な著作物は「孤児著作物」と称されて、目立たないが実は大きな文化の問題になっているのだ。

著作権法は見方を変えれば、死人の口を封じる法律だともいえる。

死んだ著作者は、「権利保護」を名目に、自分の著作物が50年も70年も封印されることを望んでいるだろうか?そんな馬鹿な話はない。人は忘れ去られた時にこそ初めて死ぬのだ。
だから著作権者は、生きているうちに、自分の死後は、自分の著作物の一部若しくは全部をパブリックドメイン(公共の財産)にする、ということを宣言しておくのがベストだというのが、僕の考えだ。

小説家や評論家は、その代表的な一作品でもパブリックドメインにしておくことによって、その著作物は万人が自由に引用し翻訳し、かつ翻案するということが可能になり、新しい時代の息吹を得て甦ることもある。また一作品でもパブリックドメインになっていれば、自然とその人の他の作品にも後世の人々が注目し、全作品が長期に亘って封印されるリスクを、少しでも減らすことができる。
その他に幾つもオプションは考えられるが、また追々書く。

まあ改悪著作権法の未来は、暗黒と言わざるを得ない。
福井健策さん、応援してまっせ!
残念ながらあんたしかいない。
[1459] [1457] [1455] [1737] [1454] [2076] [1453] [1451] [1448] [1447] [1446]
カレンダー
03 2020/04 05
S M T W T F S
1 4
9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30
アーカイブ
バーコード
ブログ内検索