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君たちに僕の考えを話そう
僕らが子どものころ
目に写る世界は新鮮で、すべてが新しかった
やりたいことは何でもできた

ところが年をとってくると疲れてくる
人々はあきらめ、みんな落ち着いてしまう
世界の美しさを見ようとしなくなってしまう
大部分の人は夢を失っていくんだよ

でも、僕はいつまでも子どもの心を失わずに
この世を生きようと思う
不思議なもの、すべての美しいものを見るためにも

いいかい、
君たちはやろうと思えばなんでもできる
僕と別れたあとも、そのことを思い出して欲しい
やろうと思えばなんでもできるんだ


(植村直己冒険館内の展示パネル)



昨日、豊岡市にある「植村直己冒険館」を訪ね、植村さんの記録映画や遺品、記念品などを閲覧した。
1979年の春。植村さんが北極点ーグリーンランド縦断から帰った翌年、大阪で開かれた毎日新聞主催のイベントに植村さんが来られるというので、当時「きょうと学生新聞(現:『GAKUSHIN』)」の編集を担当していた僕は、この機会にと旧探検部の友人が運転する車で家族と出かけ、ぶっつけインタヴューをやったことがある。なにぶんにも毎日の「シークレットサービス」がそばに居るもので、ほんの10問たらずのインタビューで、内容も、例えばアマゾンで食べたピラニアは美味かったですかとか、今から考えると恥ずかしいほどしょうもないものだったけど、植村さんは邪魔臭がらず親切に笑顔で答えてくれた。

そのあとで、植村さんにお願いして、二歳になったばかりの長男の真郷との記念写真を撮らせていただいた。
植村さんが長男を抱き上げた瞬間に、TVカメラが回り記者のストロボが幾つか光った。当の長男は抱かれていることより、植村さんの胸の大きな赤いリボンが気になって仕方がないようで、ずっとリボンを掴んでいた。

この5年後、植村さんは帰らぬ人となった。


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