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ここで生まれた。

と言っても、産屋に使わせてもらった近野小学校の宿直室は、旧校舎ごと跡形もなくなっている。
難産で時間がかかり、2月の寒い時期だったが、産屋の周囲に集まった生徒や村の人達が、お産の間中ずっと祈りを捧げてくれた。
「淳」という名前は、村長が付けてくれた。
村長は、産後すぐに母の乳が出ないので、泣き叫ぶ僕に自分の舌を吸わせたという。



僕は今でも、木造校舎の宿直室が一番好きだ。二番目が押し入れで、三番目が車の中、四番目が廃墟。
二番目、三番目は手に入れたし、四番目は出かければなんとかなるので、木造校舎の宿直室を模した自分の部屋だけは、いつか造ろうと思っている。
静かで、朝日と夕日が入る窓があり、水は井戸から汲み上げ、柴で風呂を焚き、天井から吊り下げた自在鈎で芋粥や雑炊を炊き、川で釣った鱒やアマゴを串で焼き、訪ねてくる近遠の人々を家族で迎え、酒を飲み、酔い潰れたやつからイビキをかいて眠る。

いいなあ…。
半分ぐらいは、もうやってるけど。
 
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